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<Author: 杜甫>
<Title: 丹青引贈曹將軍霸>
<Format: 七言古詩>
<Year: 1988>
<BookName: 唐詩三百首詳解  上卷>
<Translator: 田部井文雄>
<style: 現代文無假名>
<style2: 日本現代譯文無假名標注>
<TranslatedTitle: 丹青の引、曹将軍覇に贈る>
<BookPage: 302>
<UsedPage: 1>
<Feature: 0>
<End Header>
<Poem>
將軍魏武之子孫，
於今爲庶爲清門。
英雄割據雖已矣，
文彩風流猶尚存。
學書初學衛夫人，
但恨無過王右軍。
丹青不知老將至，
富貴於我如浮雲。
開元之中常引見，
承恩數上南熏殿。
凌煙功臣少顏色，
將軍下筆開生面。
良相頭上進賢冠，
猛將腰間大羽箭。
褒公鄂公毛髮動英姿颯爽來酣戰。
先帝天馬玉花驄，
畫工如山貌不同。
是日牽來赤墀下，
迥立閶闔生長風。
詔謂將軍拂絹素，
意匠慘澹經營中。
斯須九重真龍出，
一洗萬古凡馬空。
玉花却在御榻上，
榻上庭前屹相向。
至尊含笑催賜金，
圉人太僕皆惆悵。
弟子韓幹早入室，
亦能畫馬窮殊相。
幹惟畫肉不畫骨，
忍使驊騮氣凋喪。
將軍畫善蓋有神，
必逢佳士亦寫真。
即今飄泊干戈際，
屢貌尋常行路人。
途窮反遭俗眼白，
世上未有如公貧。
但看古來盛名下，
終日坎壈纏其身。
<End Poem>
<Translation>
曹霸将軍は、魏の武帝の子孫で、現在は庶民の身分となっているが、その家柄は名門である。三国時代の英雄たちが各地に割拠して天下を争うようなことは今は昔のこととなったが、曹の先祖の文芸や風雅今もなお残っている。将軍は
書を学んで、その最初は衝夫人の書風を学び、ただ残念なことに思ったのは、書聖と称された王羲之以上には達し得なかったことだけというほどの名人となった。また絵画に専心没頭しては老年の迫ってくるのにも気がつかないありさまであり、俗世間の富貴などは、わが身にとって、浮費のようにはかなく無関係であるといったようすである。

唐の開元年間には、いつも天子玄宗に召し出され、天子の御恩龍を受けてたびたび南薫殿に参上した。唐の太宗が凌煙閣に描かせた二十四人の功臣の肖像は、色あせてしまったのに、将軍が筆をおろすと、生き生きとした顔面が現れたのだった。すぐれた宰相たちの頭の上の進賢冠も、、勇猛な将軍たちの腰にたばさんだ大きな矢もみごとによみがえった。褒国公段志玄や鄂国公尉遅敬徳などの髪の毛は生き生きとして動くかと思われるほどで、その勇ましくすぐれた姿は颯爽として、今、たけなわの戦場から帰ったばかりのように見えた。

先代の天子玄宗の名馬である玉花驄は、それを描いた画工の数は、山のように多かったが、その姿形が物に似ていない。ところが、将軍がそれを描くとこの日にその名馬を御殿の階段の下に引き出してこようとして、名馬がはるかに遠く宮門のあたりに立つと、いきおいよく遠くまで吹き渡る風が起こるかのように見えた。そこで天子はみことのりを下して、将軍に白絹をひろげて絵を描くように命じた。将軍は命に応じて絵の構図についてきまざまに苦心して工夫をこらした。ほんのしぼらくの間に、天子の宮殿に真の名馬の絵が出現し、遠い昔から描かれてきたつまらない馬の絵を、すべて洗い流して、影の薄い存在にしてしまった。

その玉花驄の絵は、本物の馬よりもかえってまた、今は天子の腰掛けの上に置かれてあり、腰掛けの上の画馬と、庭先の名馬とが、すっくと立って向かいあっている。天子は微笑しながら、早く黄金を下賜するようにせきたて、馬がかりの役人たちは、絵のできばえに感嘆してためいきをつくばかりであった。また将軍の弟子の韓幹は、馬の肉を描くばかりで、骨までは描かず、みすみす名馬を描いてもその馬の精神をしぽみ失わせてしまのだ。

将軍の絵のすばらしさは、思うに、将軍に人力以上の神技が備わっているからであろう。だから必ずすぐれた人物にであえば、名馬ぱかりではなくまたその人の真の姿を描き出すであろう。現在は、そのあなたも戦乱の世にであって放浪の身の上だ。そのためにしきりに道を行く平凡な人々を描いて生計を立てている。ゆきづまって、あなたのような才能のある人があべこべに世の俗人どもの軽侮の目にさらされており、世の中で、あなたのように貧困な人はかつてないようなありさまだ。ただこれによってわたしが今見るのは、昔から名声を得ている人は、一生涯、失意不遇がその身辺にまつわりついて離れないということだけである。
<End Translation>